数十名いる使番の中からそれぞれ1名選ばれて、大坂目付は上方(京都・大坂・奈良など)幕政の状況、駿府目付は駿府・甲府の幕政の状況を巡見しました。大坂目付については両番士(書院番、小姓組)からもう1名任じられましたが、使番から任じられる大坂目付の方が席次が上となります。大坂目付、駿府目付とも毎年、ほぼ決まった時期(大坂目付は6月初旬、駿府目付は7月初旬)に任じられていましたが、万延元年を最後に、毎年決まった時期に任じられる運用は廃止され、以後は必要が生じた際に本職の目付が案件ごとに派遣されたようです。同年に2人任じられているのは、最初に任じられた者が、病気などを理由に辞任した場合で、別の使番が改めて任じられたようです。文久2年の『大成武鑑』では、大坂目付については、従来の6月上旬に使番ではなく、目付から任じられた大久保忠恒を大坂目付として掲載していますが、文久3年の『大成武鑑』からは大坂目付の蘭は空欄となっています。駿府目付については文久2年の『大成武鑑』には万延元年に任じられた小浜隆寿が記載され、文久3年以降は空欄となっています。以下に嘉永~万延にかけての任命者と任命年月日を列挙します。
大坂目付
大久保忠愛(嘉永元年6月2日)
坂井政輝(嘉永2年6月2日)
滝川元以(嘉永3年6月2日)
土方勝敬(嘉永4年6月2日)
久留正好(嘉永5年6月2日)
松平康正(嘉永6年6月2日)
戸田光新(嘉永7年6月1日)
→ 松平清秀(嘉永7年8月12日)
→ 安藤次誠(嘉永7年8月23日)
佐橋佳為(安政2年6月2日)
曽根次徳(安政3年6月5日)
京極高景(安政3年6月29日)
長山直候(安政4年6月2日)
河田親愛(安政5年6月2日)
松平正修(安政6年6月2日)
米津田定(万延元年6月2日)
→ 三淵正道(万延元年6月28日)
駿府目付
揖斐政恒(嘉永元年7月2日)
酒井忠堅(嘉永2年7月2日)
稲垣見年(嘉永3年7月2日)
大久保忠孝(嘉永4年7月2日)
本多正応(嘉永5年7月2日)
永見為忠(嘉永6年7月2日)
冨永泰之(嘉永7年7月2日)
中根正義(安政2年7月2日)
池田政和(安政3年7月2日)
水谷勝茫(安政4年7月2日)
城嘉茂(安政4年9月13日)
水野忠敬(安政5年7月9日)
本多忠正(安政6年7月2日)
小浜隆寿(万延元年7月2日)

