大久保忠恒

『江戸切絵図』本郷/万延2年より抜粋、「大久保雄之助」表記区画を忠恒の屋敷地と推定。家禄は1200石

使番から作事奉行まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
天保9年10月4日1838年11月20日雄之助家督
安政7年1月11日1860年2月2日使番雄之助
文久元年2月22日1861年4月1日目付雄之助
文久元年6月8日1861年7月15日目付雄之助大坂表御使
文久2年12月18日1863年2月6日火付盗賊改雄之助
文久3年4月12日1863年5月29日神奈川奉行雄之助
文久3年5月4日1863年6月19日寄合雄之助
文久3年9月10日1863年10月22日火付盗賊改雄之助
文久3年11月25日1864年1月4日火付盗賊改筑後守諸大夫
元治元年12月21日1865年1月18日作事奉行筑後守
慶応元年閏5月1日1865年6月23日持筒頭筑後守
慶応元年7月23日1865年9月12日寄合筑後守
慶応元年9月26日1865年11月14日目付筑後守
慶応3年1月禁裏附筑後守
慶応3年12月9日1868年1月3日作事奉行筑後守
慶応3年12月目付筑後守
慶応4年2月5日1868年2月27日筑後守

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/万延元年)使番より抜粋、家紋は上り藤に大文字