座光寺為邕

『江戸切絵図』市谷/安政4年より抜粋、「石尾式部」表記区画は座光寺家に養子に入った為邕の実家である石尾氏則の屋敷地。為邕の養父である座光寺為巳も石尾家から座光寺家に養子に入っており、この縁からか座光寺為巳が幕府に提出した『明細短冊』には、牛込山伏町の石尾家屋敷内に借地していたと確認できる。『大成武鑑』の為邕の記載を見ると居住地として「牛込山伏丁」とあることから、為邕の代になっても継続して牛込山伏町の石尾家の屋敷地内に借地していたと推定。家禄は1113石

牛込山伏丁に借地していた交代寄合

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
嘉永元年12月27日1849年1月21日交代寄合右京家督
慶応元年8月24日1865年10月13日交代寄合右京
慶応3年交代寄合右京

居住地推定

居住地推定補足

[簿冊]「信濃衆座光寺伊奈介為己 明細短冊」(多010460)、国立公文書館デジタルアーカイブ、https://www.digital.archives.go.jp/file/1198402 為邕の養父である座光寺為巳の明細短冊には左下に「拝領屋敷無之 牛込山伏町 寄合石尾主馬屋敷内借地」の記載が確認できる

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/慶応3年)交代寄合より抜粋、家紋は丸に違い鷹の羽

花押

[簿冊]「家茂右大臣御任、従一位昇叙ニ付一札」(多019922)、国立公文書館デジタルアーカイブ、https://www.digital.archives.go.jp/file/1199099