本多成功

『江戸切絵図』市谷/安政4年より抜粋、「本多大膳」表記は成功の養父の本多成孚の表記。成功が家督を継ぐ文久3年以降の絵図を確認できないが、文久3年の『大成武鑑』に屋敷地として「牛込はらい方丁」と成孚と同じ表記がされていることから、同区画を成功の屋敷地と推定。家禄は3200石。越前国坂井郡、吉田郡、南條郡に知行地を有する

中奥番から大目付まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
文久2年5月20日1862年6月17日中奥番邦之輔大膳惣領
文久2年閏8月26日1862年10月19日中奥番邦之輔家督
文久3年1月27日1863年3月16日使番邦之輔高3200石
文久3年12月7日1864年1月15日目付邦之輔
元治元年5月26日1864年6月29日寄合邦之輔御役御免
元治元年8月18日1864年9月18日鎗奉行邦之輔
元治元年12月28日1865年1月25日寄合邦之輔御役御免
慶応4年2月26日1868年3月19日大目付邦之輔
慶応4年3月14日1868年4月6日邦之輔

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/文久3年)使番より抜粋、家紋は丸に立ち葵