『江戸切絵図』浅草/嘉永6年より抜粋、「小出丹宮」表記区画を英照の屋敷地と推定。家禄は2000石
使番から日光奉行まで昇進
役職通称遍歴
和暦 | 西暦 | 役職 | 通称 | 備考 |
---|---|---|---|---|
文政12年1月11日 | 1829年2月14日 | 使番 | 丹宮 | 高2000石 |
天保6年6月2日 | 1835年6月27日 | 使番 | 丹宮 | 駿府目付代 |
天保9年2月29日 | 1838年3月24日 | 西丸目付 | 丹宮 | |
天保10年10月1日 | 1839年11月6日 | 目付 | 丹宮 | |
天保12年6月28日 | 1841年8月14日 | 先手鉄砲頭 | 丹宮 | |
嘉永4年12月8日 | 1851年12月30日 | 日光奉行 | 丹宮 | |
嘉永4年12月16日 | 1852年1月7日 | 日光奉行 | 長門守 | 諸大夫 |
嘉永6年7月10日 | 1853年8月14日 | 長門守 | 卒 |
屋敷地推定
武鑑記載家紋
『大成武鑑』(出雲寺/嘉永5年)日光奉行より抜粋
家紋は丸に額
花押
[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[1],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552686 (参照 2024-08-29)