目付
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山高信離
『江戸切絵図』愛宕下/万延元年より抜粋、「山高幸之助」は信離の養父の表記だが、実際には安政3年に信離が家督を継いでいるため、代替わりの情報更新漏れと考え、万延元…
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大久保忠恒
『江戸切絵図』本郷/万延2年より抜粋、「大久保雄之助」表記区画を忠恒の屋敷地と推定。家禄は1200石 使番から作事奉行まで昇進 役職通称遍歴 和暦 西暦 役職 …
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有馬純全
『江戸切絵図』箱崎/嘉永6年(近江屋)より抜粋、「有馬強之丞」表記区画を純全の屋敷地と推定。家禄は3000石。越前丸岡有馬家の内分分知 使番、目付を務めた寄合 …
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平岡準
『江戸切絵図』下谷/文久2年より抜粋、「平岡鐘之助」表記区画を準の養父の屋敷地と推定。準は慶応年間まで家督を継いでいないので、同区画を準の部屋住み屋敷地と推定。…
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川村一匡
『江戸切絵図』赤坂/元治2年より抜粋、「川村季之助」表記区画を一匡の実父の屋敷地と推定。慶応元年12月に家督を継ぐ一匡の部屋住み屋敷地と推定。家禄は1000石 …
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岡部家次
『江戸切絵図』赤坂/元治2年より抜粋、「岡部内匠」表記区画は家次の父の表記だが、文久3年に家次が家督を継いでいるので、元治2年時点で家次の屋敷地で、更新漏れと推…
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土屋正直
『江戸切絵図』小川町/慶応元年より抜粋、「土屋備前守」表記区画は正直の実父の土屋州直の表記だが、文久2年に正直が家督を継いでいるため、慶応元年時点では正直の屋敷…
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江連堯則
『江戸切絵図』赤坂/元治2年より抜粋、「江連小一右エ門」表記区画を堯則の養父の屋敷地で、堯則の部屋住屋敷地と推定。昌平黌学問吟味乙科及第(嘉永6年)。家禄は10…
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戸川安鎮
『江戸切絵図』小川町/嘉永3年より抜粋、「戸川播磨守」は安鎮の父である戸川安清の表記だが、家督を継ぐことがなかった安鎮はこの区画に部屋住みしていたと推定。切米は…
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小出英美
『江戸切絵図』外桜田/嘉永3年より抜粋、「小出織部」表記区画を英美の屋敷地と推定。実際には嘉永元年に英美は卒しているが、この情報が更新されていないと推定。家禄は…