◆「奥高家」と「表高家」とは
忠臣蔵に登場する吉良上野介義央で知られている高家ですが、家禄万石未満で御目見以上なので、旗本に分類されます。ただし単に「高家」と言うと、役職としての「高家」と、家柄としての「高家」の二つの意味があることには注意を要します。厳密に役職としての高家を意味する用語としては「奥高家」が用いられます。『大概順』という幕職の席次を記載した資料によると、「奥高家」は旗本職の中で最高の席次に位置付けられています。この「奥高家」に就任できるのは幕末では26家に限定されており、この26家の旗本の家柄も「高家」と呼ばれます。当サイトではこの家柄としての「高家」を意味する際は「高家旗本」と表記します。高家旗本には織田家、今川家、武田家、大友家など大名の流れをくむか、大沢家、日野家、中条家といった公家の流れを汲む名家が選ばれています。高家旗本は原則として「奥高家」にしか就任せず、「奥高家」に就任していない高家旗本を「表高家」と呼びます。幕末期では今川範叙が大名職である若年寄に、織田信愛が陸軍奉行並、海軍奉行並、留守居に就任していますが、これらは稀有な事例となります。一般の旗本が若年寄支配なのに対して高家旗本は老中支配となります。
◆高家の権威
「奥高家」に就任すれば朝廷への使者や勅使・院使の饗応の儀礼を司り、天皇への謁見もあり得ることから、一般的な大名より高い官位に叙任されることがあり、この点では大名以上の権威があります。一方、家禄は畠山家の5000石が最高で、大身の旗本とされる3000石以上の高家旗本は3家に留まっています。『武鑑』における高家旗本の記載は大名ほど詳細ではありませんが、名称については特別な表記がされています。「奥高家」については「家名」「官職名」「官位」「侍従」「諱」が併記される特別長い表記となっており、「表高家」でも「家名」「通称」「本姓」「諱」が併記され、無位無官でありながら一般の大名や旗本より長い表記にすることで、高家旗本の特別感を演出している表記だと思われます。一方、『江戸切絵図』においては一般の旗本と同様の表記がされており、一見して高家旗本とわかる表記は確認できません。