長崎元善

『江戸切絵図』小川町/嘉永3年より抜粋、「長崎采女」表記区画を元善の屋敷地と推定。実際には嘉永元年に元善は卒しているが、この情報は更新が漏れていると推定。家禄は1800石

小川町駿河台に屋敷を構える中奥番

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
文政9年4月16日1826年5月22日中奥番弥左衛門高1800石
天保13年3月22日1842年5月22日中奥番弥左衛門日光参詣之節御供
嘉永元年12月采女

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/弘化5年)中奥番より抜粋、家紋は丸に三つ抱き茗荷

花押

[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[2],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552687 (参照 2026-07-27)