木下俊清

『江戸切絵図』外桜田/元治元年より抜粋、「木下圖書助」表記は俊清の実父である木下俊國の表記でが、実際には万延元年に俊清が家督を継いでいるため、同区画を俊清の屋敷地と推定。家禄は5000石

永田馬場に屋敷を構える交代寄合

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
万延元年9月4日1860年10月17日交代寄合内匠助家督
文久2年交代寄合内匠助
慶応3年2月15日1867年3月20日交代寄合内匠助

屋敷地推定

屋敷地推定補足

出典:東京市 編『御府内沿革図書』第一篇下,東京市. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/3436304 (参照 2026-05-21)

同区区画は文久元年の『御府内沿革図書』では「木下内匠助」と俊清の表記が確認できるため、同地を俊清の屋敷地と推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/文久2年)交代寄合より抜粋、家紋は抱き沢潟菱

花押

[簿冊]「家茂参内長州再征の事を奏すニ付一札」(多017921)、国立公文書館デジタルアーカイブ、https://www.digital.archives.go.jp/file/1199335