羽田利見

『江戸切絵図』小川町/嘉永3年より抜粋、「羽田龍助」表記区画を利見の屋敷地と推定。同区画は慶応元年の『江戸切絵図』では実子の「羽田十左衛門」(羽田正見)表記となっている。家禄は200俵

勘定組頭から佐渡奉行まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
天保7年11月12日1836年12月19日勘定組頭龍助
天保12年11月15日1841年12月27日勘定吟味役龍助
天保14年11月18日1844年1月7日西丸裏門番之頭龍助
弘化元年12月3日1845年1月10日勘定吟味役龍助席次是迄通
嘉永3年8月24日1850年9月29日佐渡奉行龍助
嘉永6年11月13日1853年12月13日龍助

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/嘉永5年)佐渡奉行より抜粋

家紋は丸に抱き茗荷