福村正広

『江戸切絵図』番町/元治元年より抜粋、「福村淡路守」」表記区画を正広の屋敷地と推定。家禄は300俵

小納戸から新番頭に昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
文政13年12月11日1831年1月24日小納戸小膳次
文政13年12月17日1831年1月30日西丸小納戸小膳次
天保8年4月2日1837年5月6日小納戸小膳次肝煎、奥ノ番、御膳番
嘉永6年9月22日1853年10月24日小納戸(家定公)理大夫御膳番
安政5年10月6日1858年11月11日小納戸(家茂公)理大夫御膳番
安政6年10月8日1859年11月2日小納戸理大夫頭取格
文久元年12月20日1862年1月19日小納戸淡路守頭取
文久2年10月10日1862年12月1日新番頭(五番組)淡路守
慶応2年12月2日1867年1月7日淡路守御役御免

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『文久武鑑』(須原屋/文久4年)新番頭より抜粋

家紋は丸に違い釘抜

花押

[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[1],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552686 (参照 2024-09-20)