本多安英

『江戸切絵図』赤坂/嘉永3年より抜粋、「本多加賀守」表記区画を安英の屋敷地と推定。家禄は400石→800石

小納戸から勘定奉行まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
文政4年11月25日1821年12月19日柔之助家督
文政13年12月11日1831年1月24日小納戸隼之助
文政13年12月17日1831年1月30日小納戸(家定公)隼之助
弘化2年5月9日1845年6月13日目付隼之助勝手掛、海防掛
嘉永3年2月29日1850年4月11日目付隼之助近海岸見分御用
嘉永3年8月24日1850年9月29日大坂町奉行隼之助
嘉永5年4月28日1852年6月15日勘定奉行(公)加賀守高800石に加増
嘉永5年7月12日1852年8月26日勘定奉行加賀守道中奉行兼帯
嘉永5年11月26日1858年12月30日加賀守

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/嘉永4年)大坂町奉行より抜粋

家紋は丸に立ち葵

花押

[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[2],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552687 (参照 2025-04-01)