本多助眞

『江戸切絵図』小日向/万延元年より抜粋、「本多飛騨守」表記区画を助眞の屋敷地と推定。本多助信は養父。家禄は4263石

番方要職を歴任して書院番頭まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
嘉永6年6月7日1853年7月12日中奥小姓半之助日向守養子
嘉永6年11月19日1853年12月19日中奥小姓半之助家督、高4263石
文久2年8月24日1862年9月17日百人組之頭(弐拾騎組)日向守
文久2年12月19日1863年2月7日中奥小姓日向守
文久3年1月20日1863年3月9日小姓組番頭(一番組)日向守
文久3年10月15日1863年11月25日書院番頭(二番組)日向守
元治元年11月19日1864年12月17日書院番頭日向守長州表御用
慶応元年閏5月16日1865年7月8日書院番頭日向守進発御供
慶応2年12月21日1867年1月26日寄合日向守

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/慶応2年)書院番頭より抜粋

家紋は丸に立葵