津田正路

『江戸切絵図』小日向/万延元年より抜粋、「津田近江守」表記区画を正路の屋敷地と推定。家禄300石

修好通商条約交渉を担当した露使応接掛

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
嘉永元年8月11日1848年9月7日小納戸半三郎
嘉永6年9月22日1853年10月24日西丸小納戸半三郎
安政2年8月30日1855年10月10日西丸目付半三郎
安政3年2月10日1856年3月16日目付半三郎勝手掛、海防掛
安政5年7月11日1858年8月19日目付半三郎日露修好通商条約調印(全権)
安政5年7月18日1858年8月26日目付半三郎日英修好通商条約調印(全権)
安政5年10月11日1858年11月16日箱館奉行半三郎
安政5年11月23日1858年12月27日箱館奉行近江守諸大夫
万延元年12月13日1861年1月23日外国奉行/箱館奉行近江守高300石
文久2年7月5日1862年7月31日外国奉行近江守
文久2年閏8月25日1862年10が18日勘定奉行(勝)近江守
文久3年7月15日1863年8月28日大目付近江守
文久3年8月9日1863年9月21日近江守

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/文久2年)外国奉行より抜粋

家紋は織田木瓜