武田信之

『江戸切絵図』愛宕下/安政2年(国文学研究資料館蔵)より抜粋、「武田大膳大夫」表記は養父の武田信典の表記。信之が家督を継ぐのは安政4年なので、この時点では同区画に部屋住みしていたと推定。武田崇信は弟で養子。家禄は500石

愛宕下に屋敷を構える高家肝煎

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
文政13年4月7日1830年5月28日奥高家見習啓之丞切米500俵
天保元年12月16日1831年1月29日奥高家左京大夫従五位下侍従
安政3年11月16日1856年12月13日高家肝煎左京大夫
安政3年12月16日1857年1月11日高家肝煎左京大夫従四位下
安政4年7月27日1857年9月15日高家肝煎左京大夫家督
安政5年8月2日1858年9月8日左京大夫

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/安政4年)奥高家より抜粋、家紋は花菱

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花押

[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[1],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552686 (参照 2026-06-28)