徳永昌新

『江戸切絵図』外桜田/元治元年より抜粋、「徳永伊豫守」表記区画を昌新の実父の徳永昌賢の屋敷地と推定。昌新の部屋住み屋敷地と推定。家禄は2500石

中奥番から長崎奉行まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
安政2年12月18日1856年1月25日中奥番主税伊予守倅
安政6年12月14日1860年1月6日小納戸織部
文久3年12月14日1864年1月22日目付主税
文久3年12月目付主税上洛御供
元治元年12月18日1865年1月15日寄合主税御役御免
慶応元年5月23日1865年6月16日寄合主税家督
慶応元年12月28日1866年2月13日目付主税
慶応2年3月7日1866年4月21日長崎奉行主税
慶応3年12月12日1868年1月6日寄合石見守御役御免
慶応4年1月19日1868年2月12日目付石見守
慶応4年1月28日1868年2月21日寄合伊予守御役御免

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/慶応2年)長崎奉行から抜粋

家紋は丸に蔦

禄高は部屋住み切米から未更新の誤植と推定