塚越元邦

『江戸切絵図』下谷/嘉永3年より抜粋、「塚越藤助」表記区画を元邦の屋敷地と推定。家禄は130俵

勘定所内で勘定奉行格まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
天保10年7月9日1839年8月17日勘定組頭藤助九右衛門倅
天保15年1月19日1844年3月7日勘定組頭藤助御殿詰
弘化2年勘定組頭藤助御殿詰御免
弘化4年7月12日1847年8月22日勘定組頭藤助50俵加増
嘉永4年8月8日1851年9月3日勘定吟味役藤助海防掛
安政3年8月17日1856年9月15日勘定吟味役藤助朝鮮信使来聘用掛
安政3年10月20日1756年11月17日勘定吟味役藤助外国貿易取調掛
安政6年4月22日1859年5月24日勘定奉行格藤助勝手掛
安政6年7月6日1859年8月4日勘定奉行格大蔵少輔
万延2年1月27日1861年3月8日大蔵少輔

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/万延元年)勘定奉行より抜粋

家紋は丸に石持ち地抜き酢漿草