設楽能潜

『江戸切絵図』市谷/安政4年より抜粋、「設楽八三郎」表記区画を能潜の屋敷地と推定。家禄は150俵

代官から先手鉄砲頭まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
天保14年8月21日1843年9月14日代官八三郎
安政2年5月24日1855年7月7日勘定吟味役八三郎海防掛
安政4年12月28日1858年2月11日二丸留守居八三郎
安政5年8月2日1858年9月8日勘定吟味役八三郎
安政7年2月15日1860年3月7日勘定吟味役八三郎関東筋川々普請御用派遣
万延元年11月1日1860年12月12日勘定吟味役八三郎和宮下向縁組御用取扱
万延元年11月24日1861年1月4日勘定吟味役八三郎朝鮮信使来聘御用
文久2年3月22日1862年4月20日先手八三郎学問所御用
文久2年5月13日1862年6月10日先手鉄砲頭八三郎
文久2年9月6日1862年10月28日八三郎

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/文久2年)勘定吟味役より抜粋

家紋は梅鉢