桑山元柔

『江戸切絵図』小川町/嘉永3年より抜粋、「桒山六左エ門」表記区画を元柔の屋敷地と推定。家禄は150俵

門番から外国奉行まで躍進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
嘉永元年9月12日1848年10月8日西丸裏門番之頭六左衛門
嘉永7年4月22日1854年5月18日留守居番六左衛門
安政3年6月25日1856年7月26日先手鉄砲頭六左衛門
万延2年1月23日1861年3月4日外国奉行六左衛門
文久元年9月26日1861年10月29日奈良奉行左衛門尉高150俵
文久2年8月30日1862年9月23日奈良奉行左衛門尉

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『文久武鑑』(須原屋/文久元年)外国奉行より抜粋

家紋は三つ寄せ変わり蝶