加藤泰彦

『江戸切絵図』下谷/嘉永4年より抜粋、「加藤伊豫守」表記区画を泰彦の屋敷地と推定。家禄は3000石

中奥小姓から書院番頭まで昇進

和暦西暦役職通称備考
文政8年2月16日1825年4月4日中奥小姓瓊之助高3000石
文政9年12月16日1827年1月13日中奥小姓伊勢守諸大夫
天保10年10月1日1839年11月6日小姓組番頭(二番組)伊勢守
天保12年9月14日1841年10月28日小姓組番頭伊予守本所伊勢守が若年寄
天保13年3月22日1842年5月2日小姓組番頭伊予守日光参詣之節御供
天保13年9月6日1842年10月9日西丸書院番頭(二番組)伊予守
天保14年10月1日1843年11月22日書院番頭(三番組)伊予守
嘉永元年8月18日1848年9月14日書院番頭伊予守紀州御使
嘉永3年5月26日1850年7月5日伊予守

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/嘉永2年)書院番頭より抜粋

家紋は蛇の目

花押

[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[1],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552686 (参照 2024-12-02)