秋田季穀

『江戸切絵図』築地/嘉永2年(国会図書館蔵)より抜粋、「秋田淡路守」表記区画を季穀の屋敷地と推定。家禄は5000石

モリソン号事件の際の江戸在勤浦賀奉行

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
文政4年10月11日1821年11月5日火事場見廻中務
文政5年11月8日1822年12月20日火消役(伝通院前)中務
文政12年12月12日1830年1月6日小普請組支配中務
天保2年9月20日1831年10月25日浦賀奉行中務
天保8年10月8日1837年11月5日小姓組番頭(二番組)兵部
天保8年12月16日1838年1月11日小姓組番頭淡路守諸大夫
天保10年9月10日1839年10月16日書院番頭(西丸三番組)淡路守
嘉永6年3月26日1853年5月3日淡路守

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『大成武鑑』(出雲寺/嘉永6年)西丸書院番頭より抜粋

家紋は檜扇に違い鷹の羽

花押

[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[2],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552687 (参照 2024-08-04)