岡松久徴

『江戸切絵図』市谷/安政4年より抜粋、「岡松伊代守」表記区画を久徴の屋敷地と推定。家禄は200石

長年小納戸を務め作事奉行まで昇進

役職通称遍歴

和暦西暦役職通称備考
文政13年12月11日1817年1月27日小納戸八郎右衛門
天保4年11月2日1833年12月12日寄合八郎右衛門願御免
天保7年12月4日1837年1月10日小納戸八郎右衛門
天保8年4月2日1837年5月6日西丸小納戸八郎右衛門奥ノ番
天保12年3月23日1841年5月13日小納戸八郎右衛門奥ノ番
嘉永元年10月22日1848年11月17日小納戸八郎右衛門御場掛
嘉永2年12月16日1850年1月28日小納戸伊代守諸大夫
嘉永6年9月22日1853年10月24日小納戸(家定公)伊代守
嘉永7年5月9日1854年6月4日徒頭伊代守
安政6年11月28日1859年12月21日佐渡奉行伊代守
文久2年7月6日1862年8月1日佐渡奉行伊代守彼地在住
文久3年8月14日1863年9月26日西丸留守居伊代守
元治元年8月7日1864年9月7日作事奉行伊代守
慶応元年閏5月16日1865年7月8日作事奉行伊予守進発御供
慶応2年8月26日1866年10月4日寄合伊代守

屋敷地推定

武鑑記載家紋

『文久武鑑』(須原屋/文久元年)佐渡奉行より抜粋

家紋は七宝に四つ剣

花押

[土岐]頼旨 [著]『花押似真』[2],[1—] [写]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2552687 (参照 2024-08-04)